有閑市民のすすめ
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「授業でアニメ・CM制作、経産省がプロジェクト」!?
未だ幻想を捨てきれず、過大評価する公官庁という感じで、少し、唖然としてしまいます。いかにも陳腐で単純な発想です。
ゆとり教育の幻想を追っている側面と、従来行われてきた産業政策という側面を、どうしてやりたいのか疑問。バリエーションの幅の拡大や選択肢の提供というよりも、全体主義的な強制という香りします。もし手を差しのべるとしても、単なる助成程度でいいと思います。政府は、アニメなどのコンテンツ産業を柱にしたいと考えていますが、大きな穴があることを認識していないと思います。
これは、第1に、コンテンツ産業は、産業として考えると“水物”であると言えます。例えば、キャラクターやアニメがヒットするかどうかは、これ自体や内容の甲乙だけではなく、様々な状況によって、変化してしまい、また一過性のブームなどもあり、リスクが大きい。加えて、何によって評価するのかという評価基準が不明瞭なことです。全体的な問題としては、例えば、アルビン・トフラーの『第3の波』の中で、芸術の経済化について述べていますが、経済要素としていいもの、つまりヒットしたり、売上がいいものがいい作品とも言いがたいです。いい作品に自然に売上がついてくるのは、いいとしても。つぎに、個別的な問題としては、好みは人それぞれという点に大きく左右されます。そして、内情も様々で、作るのが趣味という人もいれば、見るのが趣味という人もいるでしょう。また、興味のない人・嫌いな人もいるでしょう。つまり、経済的要素と非経済的要素(芸術的要素や個人の好嫌など)とが評価基準も確定できない状態で同居しているのです。
第2に、経済指標に大きく依存しすぎです。888億円という数字は、単に試算上(可能性)の問題であって、確実なものではありません。
話を元に戻しますと、このような特徴があるコンテンツ産業を、教育の名の下に、自発的ではなく、また、表層的な娯楽性を餌に、強制するのはいかがなものでしょうか。本来、趣味的な部分を教育や仕事として、強制的に持ってきてしまうのはいかがなものでしょうか。ある意味、個性つぶしとしとか言えないと思います。誤解を避けるために補足すると、コンテンツ産業や従事者を卑下しているのではなく、趣味的要素は本来的に、経済価値だけでは測りえない自身の内面的側面に依存していることを述べているのです。また、先にも述べたように教育上の評価はどのようにつけるのかが疑問です。絵がきれいな子にいい評点を付けるとでもいうのでしょうか。
つまり、公官庁のしようとしていることは、必要条件ではあるけれども、十分条件ではないことを認識していないと思います。
蛇足ですが、スタジオジブリの鈴木社長も、海外への外注と国内の技能の衰退や、アニメ内容の高度化などアニメを取り巻く環境が大きく変わってきているとも、経営者として悲観的に述べていました(参考:NHK「経済羅針盤」2005年5月8日放送)が、あまり過大に期待するのもどうかと思います。後で手痛いヤケドをしなければいいのですが。
「お笑い学校校長に坂上二郎」(Yahoo!ニュース)の方がよっぽど、自主的でいいと思います。
関連ニュース:
「授業でアニメ・CM制作、経産省がプロジェクト」(Yahoo!ニュース)
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