有閑市民のすすめ
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アリスゲームについて
「アリスゲーム」の意味を考える上で、次の2点を含めて考える必要があると思います。
1、“アリス”とは何なのか。
2、アリスゲームを始めたのはなぜか。
最初、アリスと聞いて、「不思議の国のアリス」のアリスを思い浮かべたのですが、「オズの魔法使い」に近いと思います。つまり、脳みそのない案山子、ハートのないブリキの木こり、勇気のないライオンといった欠陥だらけのものたちと魔法の国を冒険する少女ドロシーの物語。それぞれが、不完全ではあるけれども、一生懸命努力し、成長していく。
そして、ドラマCDの中で、真紅や水銀燈が語っていた(ネタバレすれすれセーフということで)ように、それぞれの存在は、完璧ではないけれども、それぞれの良さを持っている。同様に、お父様(人形師ローゼン)は本来、それぞれのドールにそれぞれの良さとしての特徴(容貌や精神・性格)を象徴させたかった。だって、親がわが子のことをおもい愛情を注ぐように、お父様は自分の作ったドールをかわいくないわけはないし、姉妹同士が争う姿を見たいとは考えられないから。
しかし、何らかの原因による誤解、もしくは完璧な状態を目指して誰もが努力するように(真紅の言葉を使えば、“生きることは戦い”)、ローザミスティカを全て集めることが、完全体としての“アリス”になれると、とらえられてしまった。つまり、アリスゲームは後から規定された事象ではないかと思います。
ここで生じる問題が、水銀燈の位置づけ。彼女は、かわいそうなことに体も心も(物理的かつ精神的に)不完全な状態で、放り出されることになってしまった。そして、それが最終的に精神的なねじれ状態を生み出してしまった。お父様は、きっと彼女にも何らかの特徴を備えて世に出したかったに違いない。
このように考えると、ある種、誤解が錯綜する部分もないとは言えない。
しかしながら、外側から全体構造を観察すると、ライオンがわが子を谷に叩き落すように、試練や競争によるドールズの内的進化(精神的成長)=アリスの形成ととらえられなくもないと考えられます。
様々にとえることができると思いますが、それはストーリーの深さに起因していると思います。つまり、様々に思索を思い巡らせることができるよい作品ということになります。
長々と、持論を展開してすいません。
5月・6月のデスクトップカレンダーは、きれいで思わずうっとり、実にきれい。しかし、違った意味で、目がチカチカ。赤色は目に少しきつい。
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