有閑市民のすすめ
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“ヒツゼン”の概念は何か?
最近、終始疑問に思って考えています。もちろん、CLAMP独自、ホリック独自の世界観でしょうけれども。
肝心な部分がよく分からない!!
広辞苑においても、
ヒツゼン=必ずそうなること。
正直、難しく分からないからこそこんな記事を書いてしまっている。おまけに原作もかじったばかり・・・
劇中では、「全ては“ヒツゼン”だから」と煙に巻かれた気が・・・
相対する“ヒツゼン”と“グウゼン”の立ち位置の相違? 切り方? 予想や予言はもはや意味なし。存在し得ない話。
侑子さんやアヤカシたちの人ならぬ人智を超えた能力、マンガやアニメに起因する“創作だから”という蓋然性なのだろうか!?
少なくとも、超短期的(ミクロ的)な時点もしくは状態・流れ(いわゆる一瞬)や確率論的思考を指しているのではなく、中期的及び長期的(マクロ的)なこれらを指しているのだと。
また、時点(ポイント)や短期的・中期的・長期的保持状態(範囲)によっても意味合いは異なってくる。もしくは、原因から始まり過程と結果という観点や、自己の外面的・内面的要素からも異なってくる。
また、この“ヒツゼン”は、養老先生のおっしゃっていた「人は必ず死ぬ。致死率100%」といった自然の摂理なのだろうか?
そして、流れ(フロー)の中で、“ヒツゼン”という概念そのものが存在しえるのだろうか。一方、グウゼンの存在理由は何なのか?
ヒツゼン”しか認めない領域、逆に“グウゼン”しか認めない領域、“ヒツゼン”も“グウゼン”も双方の存立を許容する領域ではどのように捉え方が違うのか?
捉えどころがいまいち分からず、意味不明な文章になってしまってすいません(汗)
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コメント
この記事へのコメント
どうもはじめまして。
こちらでは、初めてコメントを書き込ませていただきます。
有閑人さんのブログは時々なのですが、
拝見させていただいております。
アニメのxxxHOLiCが終わってしまって少し寂しいですね(苦笑)

”必然”の概念とは何か?との事ですが、
これはCLAMP先生方と縁のある某小説家の方が作中で語っているモノの引用というか受け売りになってしまうですが、
(私自身の考えでなくてすみません;)
xxxHLOiの中で侑子さんが頻繁に言っている必然というのは、現実で起こりうる全ての事象は常に起こるべくして起きるモノである…という意味。
そして偶然というのは、人間にはこの世で起きるあらゆる事象を視野に入れて認識・観測する事は出来ない。
だから理解の範疇外の事柄には偶然や不思議といったラベリングをした箱に押し込んで自分に安心・納得をさせる。
…という事なのではないでしょうか。

後、予言や未来予知は有閑人さんの仰る通り存在し得ないのだと思います。
侑子さんが様々な事象を先読みしているのは確かに人知を超えた能力故に、なのかもしれませんね。
もしくは現実的に考えるなら非常に長いスパンで物事を考えられるから、とか。

なにやら拙く支離滅裂な文章になってしまいましたがご理解して頂けたでしょうか?
自分の日本語能力の低さが呪わしいです…|||○rz
もし有閑人さんの疑問から思いっきり脱線していましたら本当に申し訳ありません……本好きな奴の戯言として聞き流してください…(;´□`)

長々と書いてしまってすみませんでした。
それでは失礼いたします。




2006/10/01
(日) 09:33:47 | | 戯言遣い #-[ 編集]
観念論と唯物論の狭間で・・・
戯言遣いさん、ありがとうございます。
遅れましてすいません。

私も最終的には、長期のスパンに立てば成り立つとは考えているのですが、その他のファクターを考えると、一体どうなんだろうと悩んでしまったわけです。そして、一つの視点として、観念論と唯物論で捉えたらとも考えていたわけでして・・・

挙げていただいた対談を読んで、やはり人間の思考からの観念論的に捉えるべき問題とした方が、やはりしっくりくるなぁと改めて思いました。もっとも唯物論も人間の思考が作り出した思考概念に過ぎないですが。

そして、CLAMPの方々は、どちらかというと“ヒツゼン”の方に重きを置いていることが分かりました(感謝)。もちろん、逆も然りなのですが。つまり、特に、ヴェーバーの示すような日本人の伝統的な思考概念は、人知を超える神秘的なものを宗教的観念に押し込んでしまう傾向があるようなので、この現象を“グウゼン”なるものにダブらせて、先の私の記事を書いてしまいました。

いやー、ホリックって奥が深いものですね(水野晴郎風にww)。そして、この作品にであったおかげで、彼らがおっしゃっていたこと=「自分を安心・納得をさせる」という活動で、心理的に救われています。特に嫌な事にあってしまった後では(苦笑)

長文のご意見、ありがとうございます。ガッツリ書いていただいた方がむしろ嬉しいくらいです。
2006/10/02
(月) 18:54:36 | | 有閑人 #sSHoJftA[ 編集]
こんばんわ
ヒツゼンの意味ですか~。確かに判りにくいでしょうね。なにいってるん?って感じでしょう。
でもこれ少しでもキリスト教文化や仏教感を身につけているとスンナリ頭に入ると思うんですけどね~。

私はこのヒツゼンという言葉、すんなり納得して読んでいます。と言うのも色んな神話などが好きでキリスト教はおろか仏教、神道に関わる話を素人なりにかなり読み漁りました。

でヒントというか私の解釈。

・仏教的世界でいう因果応報・・・

仏教的な考えでは因果は巡ると言う考え方があり、色んな事象は一見偶然にみえても前世や前世での善行や悪行が関わって起こるという考え方です。


・キリスト教で言う全知全能の神・・・

すなわち全能の神が統べるこの世には偶然は無く、統べてはヒツゼンというか神の御心って感じなのがキリスト教的な考え方です。

西洋で近代において劇的に科学が進んだのは、彼らが「科学とは神のしている事をより理解し解明する事」という信念で科学に取り組んだのが理由の一つとよく言われます。

質量保存の法則などは創造は神にしか出来ないという信念ものとに説かれたものの典型です。

有名な科学者の伝記など読んでみても古今東西、面白いくらいに神の存在を意識している人が多いのです。

宗教が半分タブー化した日本では判りづらいかもしれませんが欧米ではむしろ神に逆らう科学は世論により抹殺されます。
2006/10/03
(火) 22:53:56 | | ワタナベ EI #r0DGmosw[ 編集]
言われてみれば・・・
ワタナベ EIさん、ありがとうございます。

百目鬼の実家が寺だったり・・・
第21話「ツメキリ」での迷信や言伝えなど・・・
仏教的な様相を呈していますね(日本人としては仏教の方が、なじみがあってイメージしやすいですし)。
そして、ご指摘の視点から捉えると同列の対状態にはなりえないということも理解は出来るのですが・・・

そうすると、この作品では、“グウゼン”なるものを、考えなくてよい、考える余地も必要もない、考えるべきではない、などなど(色々と表現できます)・・・

一方、私は、“グウゼン”なるものを理解したかったのかも知れませんね(汗)
少し錯乱状態で天邪鬼な私は、主題であるべき“ヒツゼン”ではなく“グウゼン”とは何か?を求め、もし両者に接点があるとすればつなぐものは何か?などと考えてしまったわけでして(汗) 
少し奇妙に思われるかもしれませんが、単純に本来対であろう概念の“グウゼン”をどのように捉えるべきか?に悩まされてしまったわけでして・・・(汗)

私の反省点としては、この作品では元来相容れない概念(=“グウゼン”)を自分のエゴで無理に押し込もうとした点がありますね。そのために混乱・自滅してしまったのかもしれません(汗)
2006/10/05
(木) 13:25:25 | | 有閑人 #sSHoJftA[ 編集]
視点変えて
あ、2006/10/03のコメントで、なんか偉そうに解説してしまって何か申し訳ないです。

しかし有閑人さんご指摘の通り、この作品、なんでも「ヒツゼン」の解説がこれでもかって出てきますよね。

爪きりの話や店に入る入れないとか、人の出会いもヒツゼンで語られている・・・。では大通りで見知らぬ人との一瞬のすれ違いも「ヒツゼン」なのか?侑子さんなら「そうよw」って言いそうですがwしかし・・・

実は私はシツゼンを必要以上に言う人には危険を感じます。そういう人が身近にもいるので・・・。そういうのって一種の洗脳として様々な宗教や組織が利用している。

例えば原爆の正当性をうたうために「あれは神の御心、天罰仏罰でヒツゼンです」なんて軽く言う人が居る。こういう人は思考停止してるのかな~って思ってしまいます。

なんか宗教臭い話が続いてゴメンナサイ。一応書いておくと私は自分なりに信仰はありますがどこの団体宗派とも関係ないです。駄文失礼しました。

2006/10/06
(金) 21:02:38 | | ワタナベ EI #r0DGmosw[ 編集]
私もこのような議論は好きですので
 再び投稿いたしました。

ヒツゼンとは何かということを考えるにあたって
 まず、最も肝心なことは
「そうなるであろう、」ということではなく
「絶対にそうなるべきもの」という
この「絶対に」という部分が 最も重要であるように私は考えております。

ですからむしろヒツゼンとは 占いや予想という事前の部分よりも
 結果に拠る部分が大きいのではないか、とも思われます。



 私も、クランプ作品に多用される
「この世に偶然は無い」というテーマに於いて
ヒツゼンというものには
 そこに、大きな意思と言うか 「大いなる手」のような作為があって
つまり、それによって
 ジショウは「誰かの意思によって」予め予定調和されたものである、
というのが 一連のクランプ作品の一貫したテーマであると考えていたのですが


どうも、ホリックなどを読むと最近はむしろ
 その唯一単体の神とか
 あるいは自体をアレンジしている「黒幕」的なものとは別に
ジショウを進行させている 漠然とした流れがあり 
 その擬人化されない部分を指して「ヒツゼン」として、
意志に基づいた「予定」や「プログラム」とは分けて扱っているのではないか
とも考えております。


むしろ創造神や西洋科学的な部分よりも
 盤古や法のような、意思とは根本的に対立するようなものを
区別してヒツゼンと言っているのではないかと思われます。



、、、、偶然論というのは なかなか難しいですね
 科学的には 偶然というものは完全に否定されるとか思うと
これが、数十年おきには覆され
 偶然や確立は存在すると言う説が盛り返したり という波を繰り返しているそうで

これも「四次元」「タイムマシン」「人は死んだらどうなるのか」
「宇宙が出来る前には何があったか」と同じで
人類にとっての根本的な疑問の一つと言えるのではないでしょうか。

2006/10/07
(土) 14:55:06 | | DORA #z98IOmB2[ 編集]
ありがとうございます
DORAさん、こんばんは。
ありがとうございます。
コメントが遅れまして、すいません(汗)
時間がなかったせいもあり、かといっていい加減なコメントを差し上げるのも失礼になりますので・・・
自分自身の中で不完全燃焼かもしれませんが、お返事をさせていただきます。

>ジショウを進行させている 漠然とした流れ・・・
非常に興味深いコメント。
包含関係にするとこんな感じでしょうか?
仮に人間界と非人間界とに区分した場合、その接合領域以外のパワーより発するモノ、いわばより人間界への間接的な影響力と考えられると。それゆえ、人間のプログラムや意志が届くわけもなく、ゆっくりとその方向(ヒツゼン)に向かっていくと。なるほどと思います。

また、グウゼンに関しては、ある意味この世界観とは同列併記できないモノとは知りつつも、少なからず実社会に当てはめようと考えた点もありますが、ただ言葉がある以上、その存在を考えるべきではないかと思ったわけでして(汗) おかげで、内容がおかしくなってしまったことをお詫びします。おっしゃるように、これはグウゼン!?とも思いながらも、アノマリーってありますしね。ほんと難しい。
この程度しかコメントできないのは、私の“ヒツゼン”なのかぁorz これからもこれについて色々考えて見ます。
2006/10/09
(月) 19:14:46 | | 有閑人 #sSHoJftA[ 編集]
観念論のなせる業
ワタナベ EIさん、こんばんは。
お返事が遅くなってしまってすいません。

人間の思考より発するモノ(観念論的事象)は、どうしてもこのようになってしまうのは、承知はしています(汗) 特に扱っているテーマが社会学的内容ならなおのこと。
しかし、ご意見を寄せられることは、嬉しいです。テーマに対して切り口をどう見るかって本当に興味深いことですから。

そして、おっしゃることも含め、どこまでがヒツゼンで、どこまでがグウゼンなのかといった領域の問題であるのでは?と少なからず無理を承知で記事を書いてしまったわけでして(汗)
でも、ヒツゼンなるものが存在すると考えると、個人的には自制が利いてきます。これもまた、現代の日本人が失いかけているもの。自分の行動はこれで良かったのだろうか、他者(人以外も含む、経営学的には環境とも言います)に対して適切な対応をとれたのだろうかと。世の中には、個人主義と利己主義を勘違いしている人間がいますから。そして、そんな愚か者を見ると、古風な言い方ですが、“いつか必ず罰が当たるぞ”(=ヒツゼン的な思考)って苦笑しています。

>宗教
これも、ある種人間の思考より発するものですよね。しかも、教祖なる人物のバイアスがかかるため危険をはらむ可能性がありますよね。
2006/10/09
(月) 19:33:44 | | 有閑人 #sSHoJftA[ 編集]
こんばんわ
>現代の日本人が失いかけているもの。~いつか必ず罰が当たるぞ”(=ヒツゼン的な思考)

共産主義国を除く国で正教分離を一番実行しているが日本と私は思います。それは私にとって日本の誇るべき点であると思う反面、宗教によってもたらされていたモラルの喪失が現在の日本人の犯罪などに顕著表れてる気がしますね。そして耳に心地よい(バイアス)教祖の語るカルト仏教やカルトキリスト教がまん延しているのが今の日本の実情でしょうか。

ということろで締めておきたいと思います。話が無限に広がっていくそうですからwではまた。

2006/10/10
(火) 18:26:51 | | ワタナベ EI #r0DGmosw[ 編集]
現実、そして偽善との狭間で・・・
ワタナベ EI さん、こんばんは。

エセ宗教家たちなど、摂理をも恐れれぬ人間による歪曲、ある意味悔しく、虚しいことですね。
さらに、悲しいかな、DORAさんのおっしゃていた人の手の届かない=真の“ヒツゼン”には、即効性はないんですよね。徐々に進行し、最後に一気に結果が出るような曲線を描く。

“ヒツゼン”と“グウゼン”に関わるテーマって、色々考えさせられる難しい問題ですね。
コメントを下さって、ありがとうございました。
2006/10/10
(火) 18:47:30 | | 有閑人 #sSHoJftA[ 編集]
当方として 
 再びヒツゼンというものを絡めた考察を行いましたので
多少、趣旨が違ったかもしれませんが 
 トラックバックさせていただきました。

半ば「運命論」的ではありますが、

「ヒツゼン」と「運命」とはほぼ同義によるものなのでしょうか

しかし、これらは 私の考えるに、
 誰かの意思や、行動によって為される物とは違い
予め予定されており そこから人間の意志に干渉し続けるものである
 という、いずれにせよ そういう性質のものだと思われるのです。

運命とは予め予定された定めであり
 「ヒツゼン」とはそれの形容と言った感じでしょうか。
2006/10/20
(金) 04:15:40 | | DORA #z98IOmB2[ 編集]
雑論にて失礼します(汗)
DORAさん、こんばんは。コメント&TB、ありがとうございます。

興味深い記事と思います。群馬テレビで21日深夜放送のブラック・ラグーンの内容も含まれていますので、こちらも再度、見直した上で、考えをまとめてみようと思います。

ちなみに、発達心理学では、生活環境の影響に重点を置いています。ある意味それによって、レールを敷かれてしまう“ヒツゼン”はあると思います。
そして、昨今流行の殺人事件の容疑者に対する精神病扱いやら、矯正やらの問題を考えると・・・ってなこともどうなんだろうと疑問に思いますが(汗)

余談ですが、ラリってる金田朋子さんの声に萌え~かしら~ww 貧乏姉妹物語の山田あす役とのギャップが!!ww 1期からで言えば、豊口さんもですけどww 本筋とは全く関係ないことを・・・(汗)

※金曜日の深夜帯は、悲しいかな、ちょうどコードギアスとバッティングしてしまうんですよぉ(汗)
2006/10/21
(土) 19:14:19 | | 有閑人 #sSHoJftA[ 編集]
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 ブラックラグーン 三話に亘った「双子編」も 最後の一話であります。それにしても、この一連の説話は やはり導入どおりのすばらしい説話になっていました。実に見所のある作品でした。あまりにも見事で 過不足の無い、完全な三話完結 この三話だけ....
2006/10/20(金) 01:49:18 | キスカ沖深度10m

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