有閑市民のすすめ
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クレイモアの世界観も、人間世界と似てるなぁ・・・とか
人間(漫画家先生)が作り出した世界だからと言えばそうですが・・・
クレアの視点に立てば、パッと見、大ひんしゅくを買ったと思われるオフィーリアですが・・・
あと、時々現代社会でも、覚醒して、事件を起こす輩がいますがorz

現代社会における組織(企業)と労働者との相関を感じた次第。
「自己責任」という言葉が頻繁に使われるようになって久しい昨今。
組織の中で生きる者も、組織の外で生きる者も・・・
組織の中で安穏と過ごしていればいい時代は既に終わっています。
そう、個としてどう生きるか・・・「生きることは、戦いでしょ」(ローゼンメイデン・真紅談)です。

組織の中にも敵(仮想敵や組織自体も含む)はいますし・・・こうした状況で、1個の自分として生きていかなければならないことに対しての強いメッセージ性が、この作品には込められていると感じます。

人とクレイモアの差こそあれ、本質は一緒ではないのかと。
彼らも人間同様、それぞれの個性や能力を持ち、これらを活用しながら“個”として生き抜いていく。そして、どんな困難にも立ち向かうだけの強い意思と心構え(根性)が必要なんだと。
つまり、個なるクレイモアが、組織人としても、また個人としてもどう生きるかってことですね。
そう考えると、パブロ山の(男の)覚醒者の台詞も含め、台詞一つ一つが重く受け止められます。

話を前に戻して・・・
オフィーリアも、そんな個なのです。
さしずめ、「これまでこっちはさんざやられたい放題やられてきて、あーでもしなけりゃ、ほんとやってらんねーよ」って、感じでしょうか。ま、無茶苦茶すぎますがww

そんなことを考えると、因果なるクレイモアたちの隠れた嘆きや悲しみを感じてしまいます(汗)
もちろん、熱い思いを胸に秘め、他者からのイジメや讒言にじっと耐え、目的に向かって一心に突き進むクレアのような者もいます。そして、そんな一見すると、強い意思を持ったクレアでさえラボナの神に救いを求めてしまうシーン、やはりクレイモアたちの強さばかりではなく、弱さ(覚醒者になる弱さとかも)の一面もこの作品の魅力なんですよね。
ちなみに、剣豪・宮本武蔵は、神仏にすがろうとした瞬間、神頼みは自分の弱さだと、思いとどまったらしいですが。

アニメ・クレイモアを見るに当たって、そんな彼女たちが個別のどんな状況下からそのような個性になったのか、大いに興味があります。

あと、ミリア姉さんが、ナンバー5以上は壁(桁外れ)があるとか言ってましたが、正直、ナンバー3以上もやはり壁があるのではと、ガラテアを見た時に思いました。その辺は時代によっても違うんでしょうね。

思うがまま一気に書いたので、散文になってしまったぁ(汗)
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